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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)9413号 判決 1988年1月28日

本訴原告(反訴被告) エッソ石油株式会社 (以下「原告会社」という。)

右代表者代表取締役 八城政基

右訴訟代理人弁護士 馬塲東作

同 佐藤博史

同 高津幸一

右馬塲東作訴訟復代理人弁護士 高橋一郎

本訴被告(反訴原告) 全国石油産業労働組合協議会 スタンダード・ヴァキューム石油労働組合 (以下「被告組合」という。)

右代表者中央執行委員長 村石文彦

本訴被告 全国石油産業労働組合協議会 スタンダード・ヴァキューム石油労働組合エッソ本社支部 (以下「被告支部」という。)

右代表者執行委員長 徳満正治

右両名訴訟代理人弁護士 木村壮

同 菅原克也

同 佐藤博史

同 近藤康二

同 西尾孝幸

主文

一  被告らは原告会社に対し、各自金一二四万〇四〇〇円及びこれに対する昭和五〇年一一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告組合の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告会社に生じた費用の五分の三と被告組合に生じた費用は被告組合の負担とし、原告会社に生じたその余の費用と被告支部に生じた費用は被告支部の負担とする。

四  この判決は原告会社勝訴部分に限り仮りに執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

(本訴について)

一  請求の趣旨

1 主文第一項と同旨

2 訴訟費用は被告らの負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告会社の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告会社の負担とする。

(反訴について)

一  請求の趣旨

1 原告会社は被告組合に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和五一年一二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は原告会社の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 主文第二項と同旨

2 訴訟費用は原告会社の負担とする。

第二当事者の主張

(本訴について)

一  請求原因

1 (当事者)

原告会社は、石油及び石油化学各種製品の販売等を業とし、昭和五〇年一一月現在資本金一四六億円、肩書地に本店(本社)を置き、全国各地に約六〇箇所の支店、事務所、油槽所を設置し、従業員約一七〇〇名を擁する株式会社である。

被告組合は、原告会社、訴外エッソ化学株式会社(以下「エッソ化学」という。)及び訴外モービル石油株式会社の従業員の一部で組織されている労働組合であり、被告支部は、原告会社本社及びエッソ化学に在籍する従業員のうち約八〇名(昭和五〇年一一月現在)で組織されている被告組合の支部組織であるとともに、支部規約、支部執行委員長以下の機関を有する労働組合である。

2 (原告会社の建物賃借権)

原告会社は、訴外株式会社ティ・ビー・エス興発(以下「TBS興発」という。)からその所有する原告会社肩書地所在のTBS会館の地下一、二階の各一部及び地上六階から九階の各事務室全部を専用部分として、また、同会館玄関、各階に至る階段、廊下、エレヴェーターホール、エレヴェーターを共用部分として賃借し本社社屋(以下「本社社屋」という。)として占有使用していた。

3 (被告らのビラ貼付)

被告組合は、昭和五〇年度賃金改訂及び労働協約改定交渉並びに同年夏期一時金交渉等に係る争議において争議行為の一環として被告支部に対し昭和五〇年三月二五日から本社社屋において「ステッカー闘争」と称するビラ貼付活動を開始するよう指令し、これを受けた被告支部は同支部組合員に同旨の指令を発し、同支部組合員をして同日から同年七月一八日までの間、別紙ビラ貼付一覧表のとおり壁面等に小麦粉のり(ただし、四月一七日TBS会館正面玄関入口のブロンズ柱三本に対してはガムテープ)を使用して貼付させるとともに、マジックインキや墨で壁面に直接落書行為(以下「本件ビラ貼付行為」という。)をなさしめた。

4 (労働協約違反)

原告会社と被告組合は労働協約を締結し昭和四五年以降は一年ごとに更新してきたが、同協約一九条には「組合及び組合員は第一八条に定めた掲示板の枠内以外の場所では文書、図画を掲示しない。ただし、やむを得ない事由により掲示するときは予め会社の承認を得るものとする。」と規定されていた。したがって、本件ビラ貼付行為は同協約一九条に違反するものである。

5 (損害)

(一) (ビラ剥離に伴う損害)

原告会社は被告らの本件ビラ貼付行為により貼付されたビラを剥離、徹去し、また、マジックインキや墨による落書を消去するため、昭和五〇年四月五日から同年七月二七日までの間、管理職及び学生アルバイトをして清掃作業を行わせ、このうち学生アルバイトに対しては作業料として合計金六七万二二〇〇円の支払を余儀なくされ、少なくとも同額の損害を被った。

(二) (塗装に伴う損害)

(1) ビラ剥離等の清掃後の壁面等は、のり付け跡、ビラの印刷インキの跡や色、マジックインキの色、塗装剥離跡等が残り、著しい汚損状態を呈した。原告会社はこれを原状に復するため、六階から九階のエレヴェーターホール壁面の汚損の塗装を訴外株式会社田村塗料商会に請負わせ、これに対し塗装費用として金三四万三二〇〇円の支払を余儀なくされ、同額の損害を被った。

(2) また、TBS会館正面玄関入口のブロンズ柱三本の汚損の修復塗装を訴外鹿島建設株式会社に請負わせ、これに対し工事代金として金二二万五〇〇〇円の支払を余儀なくされ、同額の損害を被った。

6 よって、原告会社は被告らに対し、不法行為又は債務不履行に基づく損害賠償として各自右合計金一二四万〇四〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五〇年一一月一八日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実は認める。

2 同2の事実中、原告会社がTBS会館の地上六、八、九階の各事務室全部を専用部分として賃借しているとの点は否認する。その余の点は認める。

3 同3の事実中、被告組合が被告支部に対し原告会社主張のとおり「ステッカー闘争」を指令したこと並びに本社支部組合員が別紙ビラ貼付一覧表の日時(貼付日欄及び貼付時該欄)にビラを貼付したこと及び貼付場所のうち壁面、ガラス扉、エレヴェーター扉、受付カウンター、トイレ内に貼付したこと、また、貼付方法につき四月一七日TBS会館正面玄関入口のブロンズ柱三本にガムテープを用いて大型ビラを貼付したこと及びその余のビラを小麦粉のりで貼付したことを認める。その余の点は争う。

4 同4の事実中、原告会社と被告組合が原告会社主張のとおり労働協約を締結し、同協約一九条にはその主張のとおりの規定があることは認める。

5(一) 同5(一)の事実中、被告らの貼付したビラを原告会社が剥離したことは認める。その余の点は知らない。

(二) 同5(二)(1)、(2)の事実中、ビラ剥離後の壁面等に著しい汚損を残したことは否認する。その余の点は知らない。

三  被告らの主張

1 (ビラ貼りの正当性と使用者の受忍義務)

我が国の労働組合の多くは企業内組合であるから組合活動として企業内の施設をある程度利用することを余儀なくされているのが実情であり、使用者は労働者の組合活動又は争議行為について一定の程度まで企業施設の利用を受忍すべき義務を負担すると解すべきところ、本件のようなビラ貼付は組合の宣伝活動の最も通常な方法であり、組合員その他の従業員や一般公衆に訴える手段としてほとんど欠きえないところであるから、本件のように原告会社施設内でのビラ貼付がたとえ原告会社の意に反してなされたとしてもそれだけでは直ちに原告会社の施設管理権を侵害する違法な争議行為とはいえず、団結権保障とのかねあいからいわゆる受忍限度の範囲内であるか否かを検討し、その正当性を判断しなければならない。

しかるに本件ビラ貼付は春闘の賃上げ問題、一時金要求問題、羽田空港給油所の合理化による閉鎖問題とこれに伴う配置転換問題などの争議状態の中で被告らの要求を示威するため争議行為の一環としてなされたものであり、また、貼付方法も小麦粉のりを使用し、そのため貼付されたビラに水をスプレーなどで吹きつけることにより容易に撤去して壁面などの損傷もなく原状に回復できるし、また、美観を損なわないよう整然となされている。ビラの内容も争議時における諸要求とともにこの間の労使紛争のスローガンをその内容とした適宜なもので、ビラの大きさも横一二・五又は二五センチメートル、縦三三又は三五センチメートル程度である。貼付場所も原告会社がビラ貼付後直ちに撤去することからこれから防衛するためやむなくガラス扉、エレヴェーター扉、受付カウンター、トイレ内に貼付したもので、枚数については、争議状況に応じ、また、原告会社の撤去に対する防衛のためと被告組合団結力の示威のため多くを貼付せざるを得なかったのである。更に本件ビラ貼付行為により原告会社の業務上又は施設管理上に具体的支障を生じたことは全くない。

そうすると、本件ビラ貼付行為は原告会社の受忍限度の範囲内にあり労働者の正当な行為として違法性を欠くものである。

2 (原告会社のビラ剥離、撤去の違法性)

原告会社が被告らの貼付したビラを剥離、撤去したのは、ビラに対する被告らの所有権を侵害するものであって違法な行為である。

仮に原告会社が被告らに対し、ビラの撤去を求め得る請求権を有するとしても、その権利は裁判所による公的救済により実現されるべきである。例外的に自力救済が許されるべき要件を備えていない本件において、原告会社が法的手続をとらず自力でビラを剥離、撤去したことは違法な行為であり、これに要した費用を被告らに請求することは許されない。

3 (労働協約一九条の争議中における効力停止)

掲示板以外に文書図画の掲示を禁止した本件労働協約一九条は、本来平常時の組合活動のみを規律するものであり、右規定が争議中の組合活動にも適用される旨の明文がある場合はともかく、かかる明文を欠く場合には平常時の組合活動のみを規律するものと解するほかはない。本件ビラ貼付行為はいずれも争議行為として実施されているのであるから、同条に違反せず、違法なものではないというべきである。

四  被告らの主張する反論

1 (ビラ貼りの正当性と使用者の受忍義務の主張に対し)

被告らの本件ビラ貼付行為は、原告会社の再三にわたる禁止警告を無視し、別紙ビラ貼付一覧表記載のとおり合計約一万五〇〇〇枚の大量のビラを約四か月間執拗に繰り返し貼付したものであった。貼付場所も正面玄関入口、各階エレベーターホール、事務室入口のガラス扉等外来者の目に触れ易い場所で、美観を損なうばかりでなく、照明器具、時計面、表示板、顧客用応接机、ショーケース、ガラス窓、掲示板、黒板、鏡面等直接その物の機能自体を損ねる場所にも貼付した。貼付方法は、まず小麦粉のりを壁面等にべた一面に塗布した上にビラを貼り付けるという剥離困難な方法であり、無秩序で汚穢を極めた見るに耐えない貼り方であった。一部には壁面に直接マジックインキで落書をし、またのりで貼った白紙の上からマジックインキで記載したためマジックインキがビラを通して壁面に付着した箇所もあり、剥離清掃後も、インキ跡、ビラの色が壁面に残り、再塗装以外に原状回復は不可能であった。このような被告らの本件ビラ貼付行為の目的は、団結権の示威とか組合の教宣活動の範囲を逸脱し、原告会社に対する業務の妨害と施設管理権の積極的侵害にあったことは明らかである。原告会社は、被告らの教宣活動のためにTBS会館六階から九階の各エレベーターホール四箇所に各々縦横九一センチメートルの掲示板及び六階エッソ化学職場内入口通路に縦九〇センチメートル横一二〇センチメートルの掲示板設置を認め、また朝ビラ配布のためTBS会館玄関前の使用も認めており、現実にこれらによる教宣活動が活発に行われているので、無断ビラ貼布が必要不可欠との被告らの主張も根拠がない。

本件ビラ貼付行為が原告会社の企業施設管理権を侵害する違法行為であることは明らかである。

2 (原告会社のビラ剥離、撤去の違法性の主張に対し)

(一) そもそもビラ自体の無価値性と施設管理上の障害を考慮すると原告会社の施設管理権を侵害し、違法に貼付されたビラについては、原告会社は本社社屋に対して有する賃借権及び占有権に基づき正当な権利の行使として自由に剥離し撤去できると解すべきである。

(二) そうでないとしても、ビラはのり付けによりTBS会館に附合し、民法二四二条によりその所有者であるTBS興発の所有に帰したところ、原告会社はTBS興発との賃貸借契約上TBS会館のうち原告会社が賃借する本社社屋を善良な管理者の注意をもって汚損することなく管理する義務を負い、また、TBS興発から本社社屋に貼付されたビラは原告会社において撤去するよう再三にわたり厳重な申入れを受けたためビラを撤去したものである。

(三) 仮にビラがTBS会館に附合したとはいえないとしても、本件ビラの貼付方法は壁面等に小麦粉のりをべた一面に塗付し、その上にビラを貼付するもので、一旦貼付された以上剥離して再使用することは事実上不可能であり、また、原告会社は被告らに対し原告会社に無断で本社社屋にビラを貼付しないこと、貼付したビラについては原告会社において撤去する旨再三にわたり警告しているのに被告らはこれを無視して敢えて本件ビラ貼付行為に及んだのであるから、被告らは本件各ビラの所有権を放棄したものであり、原告会社がビラを撤去することは何ら違法ではない。

(四) 一般的に権利行使に対する妨害を排除する為には被告らのいう公的救済によることが原則であるが、緊急の必要性が存して公的救済のいとまがない場合には自力の行使が認められ、更にそれに止まらず必ずしも緊急性の要件が備わっていなくても権利行使の方法が社会通念上容認される程度を逸脱しない限りそれが自力行使の故をもって違法とされることはないと解すべきである。

これを本件についてみると、請求原因3のとおり本件ビラ貼付行為が原告会社の施設管理権を侵害する違法なものであるばかりか、その貼付方法は小麦粉のりをべた一面に塗布するなど剥離困難な方法でしかも無秩序で汚穢を極めた見るに耐えない貼り方であったこと、膨大な貼付枚数、執拗な反覆貼付など常軌を逸するもので殊更違法性の強いものであること、それにもかかわらず法的救済によらなければ剥離、撤去をなし得ず、そのための「煩瑣、時間、費用」等の負担を原告会社に強いてしかもその間長期にわたってかかる権利侵害状態を原告会社をして拱手傍観して受忍せしめることは社会通念からして極めて不合理と言わざるを得ない。また、原告会社は被告らに対しビラ貼付を行わないこと、もしビラ貼付を実行するならば原告会社は直ちにこれを撤去する旨の事前の警告を発していたにもかかわらず、被告らは敢えて本件ビラ貼付行為に及んだものであるとともに本件剥離、撤去に当たって原告会社は事前に被告らに対し自主的に撤去するよう再三にわたり申し入れ、これをも被告らが無視したことからやむなく原告会社において自力を行使してビラを撤去したものであること、その剥離、撤去の方法は洗剤を溶かした湯水に浸した雑巾で貼付されたビラの表面を濡らし、その後水がビラに染み込んで小麦粉のりが溶けるころを見計らい、雑巾で、また特に剥離困難な部分はプラスチック製の直線定規を用いてビラをこするというもので壁面に対する配慮としては最も丁寧な方法であった。以上を総合すると原告会社のビラ剥離、撤去行為は適法なものであったというべきである。

3 (労働協約一九条の争議中における効力停止の主張に対し)

被告らの主張は争う。労働協約一九条が平時にのみ適用される旨の規定はもちろん存在しない。

(反訴について)

一  請求原因

1 原告会社は本訴提起当時、被告組合の本件ビラ貼付行為が正当な行為であり違法性を欠くため本訴請求には理由がないことを知り又は知りうべきであったのに敢えて本訴を提起したものである。この結果被告組合はこれに対する応訴を余儀なくされ、また訴訟代理人に訴訟行為を委任して相当額の報酬の支払を約してその一部を支払ったほか資料収集などの弁論準備、組合員の法廷傍聴を余儀なくされ、更に原告会社との間に対立が激化したため、これを嫌った組合員の被告組合からの脱退が生じるなど本訴提起と相当因果関係を有する財政的出捐、精神的不安や負担の増大をきたした。そして、これらは渾然一体となって被告組合の精神に加えられた損害であって、これを金銭に換算すれば金一〇〇万円を下らない。

2 また、被告組合の本件ビラ貼付行為は正当な行為であるにもかかわらず原告会社は貼付行為の直後、その場所・内容の如何を問わず、組合員の面前で明らかに挑発的な態度でビラを剥離、撤去し被告組合の争議権を侵害した。これにより被告組合は本件ビラ貼付に要した紙代、印刷代、貼付材費、組合員の労働、本件ビラ貼付の目的たる被告組合の団結誇示及び団結強化のための情宣活動の効果等をことごとく無にされたうえ、本件ビラ貼付行為は違法行為であると原告会社に宣伝されることになった。その結果被告組合が被った精神的苦痛を慰藉するためには金一〇〇万円をもってしても足りない。

3 よって、被告組合は原告会社に対し不法行為に基づく損害賠償として金二〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五一年一二月一八日以降支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 1の事実中、原告会社が本訴提起当時、被告組合の本件ビラ貼付行為が正当な行為であり違法性を欠くため本訴請求は理由がないことを知り又は知りうべきであったこと、被告組合にその主張する如き損害が発生したことはいずれも否認する。その余の点は認める。

2 2の事実中原告会社が本件ビラを剥離、撤去したことは認める。その余の点は否認する。

第三証拠《省略》

理由

第一本訴について

一  本訴請求原因1(当事者)の事実は当事者間に争いがない。

二  同2(原告会社の建物賃借権)の事実中、原告会社が本件ビラ貼付行為当時建物所有者TBS興発から原告会社肩書地所在のTBS会館のうち、地下一、二階の各一部及び地上七階の事務室全部を専用部分として、また、同会館玄関、各階に至る階段、廊下、エレヴェーターホール、エレヴェーターを共用部分として賃借していたことは当事者間に争いがなく、また、《証拠省略》を総合すると、原告会社は、右当時、地下三階地上九階建のTBS会館のうち、右認定部分のほかに地下三階及び地上三階の各一部及び地上六、八、九階の各事務室全部を専用部分として、湯沸場及び手洗所を共用部分として賃借し、このうち六階の事務室の一部を系列会社であるエッソ・インターナショナルサービス株式会社及びエッソ化学にTBS会館の承諾を得て転貸するほか本社社屋として占有使用していたことを認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

三  請求原因3(被告らのビラ貼付)の事実中、(1)貼付場所について別紙ビラ貼付一覧表の貼付場所欄記載の各貼付場所のうち壁面、ガラス扉、エレヴェーター扉、受付カウンター、トイレ内以外の場所(床、天井、時計、照明カバー、表示板、応接机、事務机等)にも被告らが、ビラを貼付したこと、(2)ビラの枚数、(3)マジックインキや墨による壁面への落書の各点を除いては、当事者間に争いがない。そこで右争点事実について判断する。

《証拠省略》を総合すると、ビラの貼付場所、貼付枚数について、原告会社主張のとおりであること、また落書の点について、昭和五〇年四月二一日TBS会館六階の被告らに組合事務室として貸与されている部屋への通路にある郵便室の間仕切壁に墨で「最高責任者八城小心者阿部粉粋」と壁一面に大書されていたこと、同年七月一日には同じ郵便室の外側通路壁面にマジックインキで壁面一杯に直接「これより先は労働者の解放区であり闘いのとりでである。すべての労働者はここに結集し今日の闘いを総括し明日の闘いに起て! 資本のイヌ二組等労働者の敵はすべて立入りを一切禁止する」と書かれていたことが認められる。そしてこれらの落書は、その時期、場所、文言の趣旨に照らすと、被告組合の指令にかかる本件ステッカー闘争の一環として被告支部組合員によってなされたものと認められる。この点について証人中西敏勝は、書いた者が個人の気持を表現したにすぎない旨証言するが、採用できない。

四  請求原因4(労働協約違反)の事実中、原告会社と被告組合との間に締結された労働協約に原告会社主張の条項があることは当事者間に争いがない。

五  請求原因5(損害)の事実について検討する。

1  《証拠省略》を総合すると、請求原因5の(一)のとおり原告会社が学生アルバイト等にビラを剥離、撤去させ、作業料として合計金六七万二二〇〇円を支払ったこと(ただし、別紙ビラ貼付一覧表の四月一七日TBS会館正面玄関入口のブロンズ柱三本に貼付したビラ五枚を除く。)を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  《証拠省略》を総合すると請求原因5の(二)の(1)(エレヴェーターホールの塗装及び塗装料の支払)の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

3  《証拠省略》を総合すると、被告支部組合員により昭和五〇年四月一七日TBS会館正面玄関入口のブロンズ柱三本に縦一二五センチメートル、横八五センチメートルの長方形の大型ポスタービラ五枚が、その四辺全部をすきまなくガムテープで貼るという方法で貼付されたため、これをTBS興発において撤去したところ、右の柱は、その表面にブロンズを吹き付けて特殊塗装したものであったため、右撤去の際ガムテープを貼った形状にブロンズ塗装が剥離し、そのため、TBS興発は訴外鹿島建設株式会社にその修復塗装を請負わせ、これに対し工事代金として金二二万五〇〇〇円を支払うとともにこの代金を原告会社に請求し、原告会社はこれに応じて同額をTBS興発に支払ったことを認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

六  (被告らの主張について)

1  (ビラ貼りの正当性と使用者の受忍義務について)

被告らは、企業内労働組合の場合使用者は労働組合活動殊に争議行為の際における労働組合及び組合員による企業施設の利用を受忍すべき義務がある旨主張するが、労働組合による企業の物的施設の利用は、本来、使用者との団体交渉等による合意に基づいて行われるべきものであって、利用の必要性が大きいことのゆえに、労働組合又はその組合員において企業の物的施設を組合活動のために当然に利用しうる権限を取得し、また、使用者において労働組合又はその組合員の組合活動のためにする企業の物的施設の利用を受忍しなければならない義務を負うべき理由はないというべきであるから、労働組合又はその組合員が、使用者の許諾を得ないで、又は使用者の許諾の範囲を超えて企業の物的施設を利用して組合活動を行うことは、これらの者に対しその利用を許さないことが使用者の権利の濫用と認められるような特段の事情がある場合を除いて、当該物的施設を管理利用する使用者の権限を侵し、企業秩序を乱すものであって正当な組合活動として許容されるものということはできず、この理は争議行為の際においても異なるところはないというべきである。

これを本件についてみるに、被告らが別紙ビラ貼付一覧表記載のとおり昭和五〇年三月から七月までの間、原告会社が本社社屋として賃借使用中のTBS会館六階から九階の壁面、天井、床、扉、窓、机、時計、照明カバー、表示板等のほか、共用部分である同会館正面玄関入口のブロンズ柱、エレヴェーター内等に合計約一万五〇〇〇枚のビラをのり又はガムテープを用いて貼付し、また壁面にマジックインキ、墨で直接落書をしたことは前認定のとおりであり、これらの行為について原告会社の許諾を得たこと、又はこれらの行為を許諾しないことが権利の濫用であると認められるような特段の事情について主張・立証はないので、被告らの本件ビラ貼付行為は、原告会社の物的施設管理権を侵害する違法行為というべきである。

2  (原告会社のビラ剥離、撤去の違法性について)

被告らは、原告会社が被告らの貼付したビラを剥離、撤去したのは、ビラの所有権の侵害であり、仮りに撤去を求め得るとしても、法的手続により権利を実現すべきであるのに、自力で撤去したのは違法であると主張する。思うに自力の行使は原則として法の禁ずるところであるが、法律に定める手続によったのでは、違法な侵害に対し権利を守ることが著しく困難であると認められる緊急やむを得ない事情があるときは、必要な限度を越えない範囲で例外的に許されるものと解すべきである。これを本件についてみると、本件ビラ貼付行為の態様は、前記認定したところによっても、貼付場所は最も人目につき易く、かつ照明器具、時計、表示板、ガラス窓、鏡、ショーケース等ビラ貼付により直接機能を害されるものにも及んだこと、貼付方法も壁面等にまず小麦粉のりをべた一面に塗った上にビラを貼り、あるいはガムテープを用い、壁面に直接マジックインキ、墨で落書するなど汚損度の強い方法であったこと、期間も長期で、枚数も相当多量であること、加えて、《証拠省略》を総合すると、被告支部は原告会社から昭和五〇年三月二四日以降再三にわたりビラ貼りに対する事前の警告と事後の抗議を受けるとともに、建物所有者であるTBS興発からもビラ貼りに対し再三抗議を受けながら、これらを一切無視して本件ビラ貼付を繰り返し敢行し、請求されても自らビラを撤去したことは一度もないこと、また貼付されたビラの中には過去の闘争で用いられた残りのもので、既に意味のないスローガンを記載したものがあったり、観音開きの左右の扉にまたがって封印するように貼付されたりしたものもあり、同じ文言のビラを壁面や扉の全面に数十枚も貼りつめたりして、貼付の目的が団結の示威、組合の教宣活動にあるのか、原告会社に対する業務の妨害、建物や器物の汚損自体にあるのか疑問とせざるを得ない点もあることが認められ、原告会社に対する権利侵害の程度、違法性の度合は高く、このような状態を法的手続による救済実現までの間そのままにして業務を継続することは著しく困難というべきであり、他方右のような態度で貼付されたビラが剥離、撤去されることによって被告らの受ける損害は、貼付の継続により原告会社の受けるそれに比して法的保護に値する程度が軽微であると考えられることに照らすと、原告会社のビラ剥離、撤去は、自力行使の許される限界を越えるものではないというべきである。

3  (労働協約一九条の争議中における効力停止について)

被告らは、貸与された掲示板以外に文書図画の掲示を禁止した本件労働協約一九条の規定は、平常時の組合活動のみを規律するもので、争議中には適用されないと主張するが、そのように解すべき根拠を見出すことはできない。

七  以上認定の事実によれば被告らは原告会社に対し共同不法行為に基づく損害賠償として連帯して金一二四万〇四〇〇円及びこれに対する不法行為の後である昭和五一年一二月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。

第二反訴について

反訴請求は、その原因として、組合の本件ビラ貼付行為が組合活動として適法であること及び原告会社のビラの剥離、撤去が違法であることを前提とするところ、これがいずれも理由のないことは前述したところから明らかであるから被告組合の反訴請求はいずれも失当というべきである。

第三結論

以上のとおりであるから原告会社の本訴請求は理由があるから正当としてこれを認容し、被告組合の反訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石悦穂 裁判官 林豊 納谷肇)

<以下省略>

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